樹々が林立している湖面。普通、狙いたくなるのは、鏡のようにはっきりと映り込むリフレクションでしょう。ところが、長瀬正太さんの視点は少し異なります。微かな風の動きを感じさせる湖面と、控えめなリフレクション。どのような思考で作品に仕上げたのか聞いてみました。

写真・長瀬正太

NIKON D800E, AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR, 52mm, 60秒, F5.6, ISO50, NDフィルター使用

■撮影のストーリー

デメリットは新しい写真表現が生まれるチャンス

ここ自然湖は樹々の映り込みがとてもきれいな場所です。この日もリフレクションを狙って出向いたのですが、現地に到着すると、少し風が吹いて湖面が揺らいでいました。デメリットが発生したとき、それをメリットとして活かす撮影の仕方を考えます。といっても、急にアイディアは浮かびませんから、普段からいろいろな撮影方法を試し、表現の引き出しをたくさん持っておくことが大切です。このときも、風の揺らぎという新たな被写体をどのように取り込んで1枚の写真に仕上げるか、頭を捻りました。

この写真を撮るまでの試行錯誤

①曇りの拡散光を狙って行く
僕は柔らかい光で風景を撮影したいので、曇りの日を狙うことがほとんどです。この日も曇りで、4時30分には現地に到着していました。4時50分くらいから日が昇り始めましたが、雲で太陽の光が拡散され、影のないフラットな光が広がっていました。

②風が吹いていたので発想を変える
完全なリフレクションを狙うなら無風で湖面が凪状態になっているのが理想ですが、やや風が吹いていたので、発想を変えて「風の揺らぎ」をあえて入れることにしました。リフレクションを狙っているときは、樹々の並びが概ね水平になるように構図を整えますが、このときは右上に樹々の並びの凹みを入れることで、そこに注意が行くようにしました。風が右上から左下に流れてくるように見る人の視線を誘導したいと考えたからです。

③60秒で風の足跡を増加させる
風の有無にかかわらず、時間が止まったような描写にしたいときは、60 秒の長時間露光を基本としてスタートします。日が昇り始め、明るさが著しく変わる時間帯だったので、シャッターを切るごとにISO感度と可変式NDフィルターを調整しました。ここでの長時間露光は、風の影響を表現に変えるという目的です。60秒間に風の位置が動いていくので、その足跡が増加し、また風の方向性を得たいという狙いがありました。

④「静」と「動」の2つのレイヤーを意識
表現したいものは、樹々の「静寂」と風の「動感」の2つです。とくに風の動感を主役にしたいと考えて、揺らぎを感じる湖面を画面に多く取り入れる構図へと追い込んでいきました。画面の比率は、樹々が1、湖面が2のバランスにしました。

⑤RAW現像でコントラストを上げて風の足跡を強調する
曇天のフラットな光で撮影したため、湖面の揺らぎがぼんやりして、メリハリに欠ける描写でした。そこで、RAW現像ではコントラストを上げて動感を強調しました。また、静と動の2つを見せるために、鮮やかな色の情報は必要がなかったので、彩度を下げています。

■撮影のテクニック

●テクニック1 曇りの日

この描写は、曇りの日の光でなければ実現しません。下の写真は、晴天時に撮影したものです。太陽の直射光が差し込むと、樹々に強い影ができて明暗差に目がいってしまいます。僕は自然そのものの美しい形状を見せたいので、強い影のない拡散光を選んでいます。

雲のない晴天時に撮影した写真。樹々よりも影の線に視線が誘導されます。

●テクニック2 リズムを崩す構図

リズミカルに立ち並ぶ樹々に、あえて凹んでいる部分を入れると、違和感を感じて視線が向かいます。そこは風の流れの始点なので、左下へと風が吹き流れている様子を感じてもらうことができます。

リズムを壊すことで見る人の注意をひきます。

●テクニック3 60秒の長秒で揺らぎを増感

ここでの長時間露光の目的は、湖面の風の足跡を絵画のように描いていく、ということです。速いシャッター速度だと、風による揺らぎは一瞬しか写し止められません。一方、60秒で撮影すると、シャッターが開いている間に湖面を撫でる風の向きも変わるので、揺らぎの方向も多様化します。その軌跡が線となって現れるので、まるで揺らぎが増加したかのような広がりのある描写になるのです。

COLUMN1 長時間露光は湖面のざわつきを抑えることもできる

風で湖面が完全なリフレクションにならないときは、長時間露光によって揺らぎを減少させる効果も得られます。下の写真を見るとわかるように、風がある場合、高速シャッターで撮影すると揺らぎが写し止められます。60秒で撮影すると、揺らぎが滑らかになります。

1/1600秒で撮影

60秒で撮影

●テクニック4 動感を多めの配分にした構図

一番見せたかったのは、「静」と「動」の対比です。とくに風というデメリットをメリットに変えることが重要だったので、動を表す湖面を多めに入れてフレーミングしました。

「静」1:「動」2の割合でフレーミング。

●テクニック5 編集で厳かな雰囲気に

RAW現像では、「静」と「動」の対比を強調し、現実離れした雰囲気を出すことをゴールとしました。まず、鮮やかな色が不要だったので彩度を下げます。次に動感を表す湖面の揺らぎを浮き上がらせるために、コントラストを上げて、黒レベルを下げました。こうすることで、明暗差が生まれ、白い部分が浮き上がってきます。見せたいものを見せるために、足し算と引き算で調整する、という編集の出口をしっかり考えておくと、RAW現像で迷うこともありません。

ホワイトバランス「晴天」で撮影した元の写真。色が印象的ですが、僕が見せたいテーマではありません。

NDフィルター

風景写真家のために特別に設計された、Nano IR コーティングを施した高品質な光学ガラス製のフィルターは、キズや汚れ・色かぶりのない優れた描写をもたらします。

長瀬正太 Shota Nagase

1975年生まれ 群馬県前橋市在住
デジカメ教室 主宰
日本写真協会 会員
フォトグラファーWEBマガジンXICO クリエイター
NiSi Filters オフィシャルアドバイザー

個展
2014年 HKU SPACE(香港)
2014年 Ⅶ International Tashkent Photobiennale(Uzbakistan)
2014年 長瀬正太 和紙写真展 ’心’(東京新宿)(RICOH IMAGING SQUARE SHINJUKU)
2018年 長瀬正太 和紙写真展 ’心’(前橋市)阿久津画廊

合同展
2013~2016・2019年 CP+(パシフィコ横浜) 阿波和紙ブース
2014・2016年 Photokina World of imaging(GERMANY)阿波和紙ブース
2014年 Creative Japanese Artist in Milan 2014(ITALY)
2014年 Onward-Navigating the Japanese Future 2014(Los Angeles)
2019年  International photo competition ART OLYMPIA (東京都美術館)
2019年  1st Armenian International Photo Festival(Armenia)

パブリックコレクション
2018年 平山郁夫美術館Caravanserai(UZBEKISTAN) 収蔵
2019年 在アルメニア日本国大使館(Armenia)収蔵

実績
2019年 CP+(パシフィコ横浜)NiSiブース登壇
2019年 International photo competition ART OLYMPIA(日本) ​佳作​
2019年 1st Armenian International Photo Festival(Armenia) 名誉審査員
2019年 1st Armenian International Photo Festival(Armenia)Master Class セミナー講師

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