シミズエリの北海道撮影記 vol.2

本州で桜が咲く頃、北海道ではシベリアへ帰る白鳥が飛び立つ季節。可変NDフィルターによる流し撮りがとらえた白鳥は、動画よりもダイナミックに飛ぶ姿を見せてくれました。

東京では桜が満開になったころ、私が暮らす北海道の東川町のあたりではたくさんの白鳥が飛ぶ姿を目にするようになりました。日がかげり始める午後の時間に撮影をしていると、白鳥たちは遠くから「コオーコオーッ」と鳴きながら近づいてきます。自分の真上を飛んでくれるとなんだか嬉しく、私は白鳥が羽ばたく空にレンズを向けました。今まで聞きなれなかったその鳴き声もすぐに耳に馴染み、気がつくとその鳴き声のする方向に白鳥を探すのが日課になっていきました。

後日、近くに住む友人から「朝になると白鳥が飛び立っていく川が近所にあるよ」と聞きました。その川で白鳥を見ることができるのは春と秋だけなのだそうです。白鳥たちが生息するのはユーラシア大陸北部のツンドラ地帯。そこは冬がとても厳しく、最低気温が-30度以下にもなってしまい、白鳥の主な餌である水草をとる湖が凍ってしまいます。そのため、3000kmから4000kmもの距離を飛び、遠く離れたシベリアから遥々日本まで餌を求めてやって来るのだそうです。本州で越冬した白鳥たちはシベリアへ戻る旅の途中に北海道の地で休憩するので、北の大地に春の足音が聞こえ始めるこの季節、この地では白鳥たちと出会えるのだとか!本州のどこかで冬を過ごした白鳥たちとこの時期にだけ会えると思うと、この瞬間をより愛しく感じます。私は白鳥たちがシベリアへ帰ってしまう前に、彼らの姿を写し撮りたいと思いました。それから毎朝、近所の川へ通い始めました。

近所といっても家から20分ほど車を走らせます。距離にして約15km。街に向かう通勤の車が増えてくる時間に家を出発して川へ向かいます。とある日には、車を走らせているとどこからともなくあの「コオーコオー」と鳴く声が。そんな風にすでに白鳥が飛び始めている日もあり、群れをなして飛んでいく白鳥たちの姿を横目に、心踊らせながら川へ向かいました。
川では白鳥の大合唱が響き渡ります。橋の下に広がる川には数百羽にもなる白鳥たち。とてもワクワクします。

白鳥ってすごく可愛いんです。黄色いくちばしにあのつぶらな瞳、まずその見た目がとても可愛らしくてたまりません。川をゆらゆら泳ぐ白鳥たちは、コオーコオーと鳴きながら首を上下に動かしてうなずくような仕草をします。それはまるで会話をしているようで、見ていてとても面白いのです。鳴き声が激しくなるとそれは飛び立つ合図なのか、一羽の白鳥が川の水面を走り始めます。すると、その近くにいる白鳥たちが一斉に飛び立っていきます。ときには2、3羽の少数で、そしてときには10羽ほどの群れで、空高く舞い上がって飛んでいくのです。白鳥は水面を走ったり空を飛ぶとき、頭はあまり動かしません。その姿を見て、顔を写し止めて流し撮りをしたいと思いました。

しかし、白鳥が飛び立っていくのは朝日が昇りきってすっかり明るくなった時間帯のため、そのままの状態ではシャッタースピードを長くすることができません。そこで、可変NDの登場です。以前、角型のNDフィルターを使用して流し撮りをしたことがあったのですが、流し撮りをする際はカメラを振るため、フィルターホルダーにはめたガラス製のフィルターが飛んでいってしまわないか、とても心配でした。実際にはフィルターは外れることなく撮影を終えることができましたが、角型フィルターはときにカメラを激しく動かす流し撮りには向きません。そこで、流し撮りにぴったりなフィルターを探したところ、それが可変NDだったのです。

見た目は通常の円形フィルターと似ていますが、その違いは減光の具合を調節できるところにあります。一定の明るさを維持したまま、シャッタースピードを変化させて撮影を行うことができる可変NDは、流し撮りにはぴったりなフィルターです。そんな可変NDを望遠レンズに取り付け、流し撮り開始です。

水面からバサッと立ち上がり、足の水掻きをバタバタバタ!数十メートル走ったところで宙に浮き、空へ羽ばたいていきます。その動きはまるで飛行機の離陸のようです。移住する前、羽田空港に通って何度も飛行機の流し撮りに挑戦したことがあったので、今回の撮影に応用することができました。晴れの日と曇りの日で明るさが少し異なりましたが、日中のこの時間帯に流し撮りをするには、可変NDのノブを調整し最も暗くなるよう減光させてちょうど良いくらいでした。白鳥の顔を写し止めた1枚を狙い、まずはシャッタースピード1/20秒で挑戦です。

SONY a7M3, f/5.6, 1/20秒, ISO100, 200mm NiSi 可変NDVARIO

何匹か飛び立つ白鳥の中からターゲットを見つけ、白鳥の動きに合わせてカメラを振りながらシャッターを切ります。撮影するときはもちろん動きのある白鳥に目がいきますが、撮ったデータを見てみると後ろに並んだ白鳥たちのブレも気に入りました。白鳥が水掻きで蹴った水の動きも面白いです。

SONY a7R3, f/5.6, 1/10秒, ISO100, 262mm NiSi 可変ND VARIO

こちらは白鳥が水面から離れたあと、空に向かって飛んでいく様子を流し撮りしました。白鳥たちの後ろにある木々がブレて柔らかい背景になってくれています。動きのある白鳥たちの中で左下の白鳥のくちばしの黄色が目立って、白鳥の顔はやっぱり可愛らしい…!ずっと白鳥たちの動きを見ながら流し撮りに挑戦していると、白鳥が飛び立つタイミングまで掴めてきました。一際目立つ鳴き声をあげている白鳥が飛び立ちそうだなと見つめていると、その瞬間水面を走り始めることも。遠くシベリアからやってきた白鳥と少し仲良くなれたようで嬉しくなります。

私は北海道の美しい景色の中にいる動物たちを最も撮りたいと考えています。生き生きとした動物たちとともに写し撮る、後ろや周りに広がる綺麗な景色、つまり背景もとても大事にしています。今回の撮影でもその点に注意して撮影に臨みました。2枚とも流し撮りのため周りの景色は流れていますが、その中でもできるだけ主役の白鳥に目がいくよう、シンプルな背景になるように心がけました。日に照らされたきれいな川の水色。そして、モノクロの背景の中で目立つ白鳥の黄色いくちばし。どちらもお気に入りの作品になりました。

今回、白鳥が飛んでいる姿を見て季節を感じることができ、とても幸せを感じました。自然をこんなに身近に感じられる北海道はやっぱり素敵です。私は今年の2月に北海道に移住してきて、道北エリアにあたる東川町で暮らしています。道北といっても地図上で見ると東川町は北海道の真ん中あたりに位置します。自然に恵まれたこの場所では、北海道の屋根とも言われる大雪山系の山々を目にすることができ、また、家からすぐの場所でキタキツネや今回撮影した白鳥のような野鳥を見かけることができるほど、動物たちともとても近い環境です。東川町に暮らすことを選んだ理由はそんな魅力的な環境に惹かれたことと、もう一つはその位置でした。先ほど東川町は北海道の真ん中にあるとお話しましたが、大自然の広がる道東エリアや札幌や千歳空港がある道央エリアに行くことも多いので、どこにでも移動しやすいよう真ん中あたりに位置する東川町を選びました。東川町は写真の町としても有名なので、この地から素敵な作品を発信していきたいと思っています。

私が移住すると決めた2月、北海道ではまだまだ厳しい冬が続いていました。この時期に移住することについて、「そんな雪深い季節に引っ越しして大丈夫?」と周りからとても心配されました。しかし、当の私は楽しみな気持ちでいっぱいでした。もちろん、慣れない雪道の運転など、気をつけなければいけないことはたくさんありましたが、冬は私の一番好きな季節。楽しみでないわけがありません…!私は1週間くらい生活できる服や日用品、そしてカメラを積み込んだ車とともに、フェリーに乗って北海道へ移住してきました。茨城県の大洗港から、北海道の苫小牧港へ。時間にして18時間の長旅でした。移住前の日々は落ち着く間がなくバタバタと過ぎ去っていったので、フェリーでの時間は私にとって気持ちを落ち着かせるための大切な時間だったように思います。ぼーっと過ごしながら船に揺られ、これから始まる北海道での生活に思いを馳せました。そしてフェリーで迎えた朝、凍える寒さの甲板で地平線から昇る太陽を眺めたことはこの先も忘れられません。

こうして苫小牧港へ到着した私は、翌日から北海道を撮り回る新たな生活をスタートさせました。

移住してきて数ヶ月、北海道ではようやく長い冬の季節が過ぎ去ろうとしています。今回はこの時期にしか見られない白鳥の流し撮りに挑戦することができました。これから迎える、爆発するように植物たちが芽吹く北国の春もとても楽しみです。

シミズエリでした。
また次回お会いしましょう!

可変ND VARIO

1.5段〜5段の減光量を無段階に調節可能な可変NDフィルター
可変ND VARIOは、1.5段〜5段の減光量を無段階に調節可能な可変NDフィルターです。ND量はフィルター外周のノブによって容易に調節可能。意図した被写界深度やフレームレートを保持したままで露出を制御することで、より厳密かつクリエイティブな写真/映像表現を可能にします。

清水 愛里 eillie shimizu

1989年千葉県生まれ。前職で企画・運営を担当した写真展(写真家 井上浩輝さんや半田菜摘さん、日経ナショナルジオグラフィック)の仕事をきっかけに写真と出会う。その中で自身でも写真を撮りたいという強い思いが湧き上がり、カメラを手にする。北海道を訪れた際、その大自然の素晴らしさに圧倒され、それからは毎月のように北海道に通い、写真撮影をするようになった。2019年2月、写真の町・東川町に移住、念願の北海道民となる。企業広告写真の撮影をしながら、北国の地で美しい風景の中の動物や自然風景を被写体に作品作りをしている。

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