シミズエリの北海道撮影記 vol.3

本州とは趣が異なる北海道の桜。北海道にも春がやってきたようです。美瑛のダム湖にある静かな老桜を撮影したときの、物語のような記録です。

北海道では半年以上もの長い間、雪の季節が続きます。気温が10度以上になる日が徐々に増え、春も近づくころ、それでも木々はまださみしい様子。桜や花々はなかなか咲きません。5月のある日、春はまだかと待ち遠しく思いながら、取材撮影で撮ってきた写真のセレクトや現像を行うためカーテンも開けずに部屋にこもって作業をしていました。仕事を終えるとその夜は倒れこむように眠りにつきました。そして、翌朝。一日ぶりに外の世界を見た私はとても驚き、思わず声に出しました。「春がはじまっている!」

昨日まで咲いていなかった桜やいろんな花が咲き乱れ、緑がよりいっそう色鮮やかになり、突然春がはじまっていたのです・・・ ! 初めて目にする北国の春のはじまりは、とても素晴らしいものでした。その様子はまさに「春が爆発している」という言葉がぴったりです。すべての植物がいっせいに芽吹いているのではないかというくらい、昨日までは冬の様子だった世界が一気に春色へと変わっていたのです。見慣れてきた町や森がまるで別世界のように姿を変え、それはとてもわくわくする光景でした。その日、私はすぐさま撮影に出かけ、それから春の景色を撮り回る忙しい日々がはじまりました。

いっせいにはじまった春。どこへ撮影に行こうか、体がひとつでは足りないくらい、ここは魅力的な撮影地で溢れています。私の暮らす東川町からは、写真を撮る場所として特別な地と言っても過言ではない、美瑛町へもすぐに行くことができます。移住前、道東の魅力に取り憑かれ毎月一度のペースで北海道へ飛び撮影をしていたころ、その行き先のほとんどは道東でしたが、他にいつも迷っていた撮影地があり、それが美瑛でした。自宅から美瑛の撮影地まで、近い場所であれば車で20分ほどでたどり着くことができます。移住した今、通わずにはいられません。

春といえば中でもやっぱり撮りたいのは桜のある景色。北海道の桜は本州の桜とは少し異なります。長いこと千葉で暮らしてきた私にとって、桜と言われてすぐに思い浮かぶのはソメイヨシノの桜並木でした。しかし、北海道の桜はソメイヨシノよりもピンクが濃いエゾヤマザクラ、エゾチシマザクラが主な種類だそうです。東川や美瑛、富良野のあたりでは立派な一本桜をあちらこちらで目にすることができます。私は素敵な桜を探し、あちらこちらへ車を走らせました。

美瑛の北に聖台ダムというダム湖があります。このダムは自然の地形を利用して放水路を設置しているため春になると水路が桜並木に覆われ、満開の桜が水面に映る様子はとても美しいです。桜の名所としても有名で多くの人が訪れます。春らしい爽やかな青空が広がるとても気持ちの良い日、午後の光が綺麗になってくる時間にそのダムに向かってみることにしました。すると、春の陽気のなか、見事に花を咲かせる一本の桜の木に巡り会いました。私は水場に飛び出した場所にぽつりと咲く、その静かな佇まいにすっかり惹かれてしまいました。この桜は樹齢が長く、その年によって確実に花を咲かせるかは分からないそうです。そんな話を聞いて、この桜がこんなにも綺麗に咲き誇っている姿を見られたことがより嬉しくなりました。

SONY a7R3, f/8, 1/125秒, ISO100, 109mm, フィルターなし

水面に映った青色と桜のピンク色。美しい色合いがとても素敵です。すぐに、この静かな景色をフィルターを使用して撮影したいと思いました。フィルターを使用することで水面が滑らかになり、この老桜の静かな佇まいと合うような、より「静」を伝える写真を撮れると感じたからです。ここでNDフィルターの登場です。

お気に入りの赤いフィルターホルダーをセッティングし、夢中になって何度もシャッターを切りました。少し風があったので、上空に広がる雲がどんどん移動し、水面に映る色が変わっていきます。白い雲が多いと水面も白っぽく反射してしまいます。私はできるだけ水面が青く染まる瞬間を狙いました。

SONY a7R3, f/8, 1/20秒, ISO100, 109mm, NiSi ND8

減光量の少ないND8を使用して撮影してみると、シャッタースピードは先ほどのフィルターなしの時よりも長くはなりましたが、「静」を表現できるくらい、水面を滑らかにするためにはまだまだシャッタースピードの長さが足りません。水の流れが激しくない場所で水面を滑らかに写し出すには、もっと大幅に減光しシャッタースピードを長くする必要がありそうです。

SONY a7R3, f/8, 8秒, ISO100, 109mm, NiSi ND1000

ND1000のフィルターを使用すると、シャッタースピードを8秒まで長くすることができました。水面は滑らかになり、そこに映るのは春の空の爽やかな青。春の光に照らされた桜のピンクはやさしく、ほんのりと水面にもピンクが見えます。私の思い描いていたような一枚を撮影することができました。午後の時間帯だったため、日の入り方は刻一刻と変化し、長秒でシャッターを切り続けているとあっという間に一枚一枚の表情が変わっていきました。その中から自分のこれだと思う一枚を発見するのも写真を撮る楽しさですね。

移住してから初めて迎えた春。雪もすっかりなくなり、過ごしやすい季節になりました。あたたかな気候の千葉で育った私にとって、冬のころの撮影は何と言っても外での待機時間がとても大変なものでした。撮影地では「マグマカイロ」という通常のカイロよりも高温のカイロが手放せず、いつも右と左のポケットに一つずつ忍ばせておき、さらに寒さが厳しいときはスノーブーツの中にもマグマカイロを突っ込んで撮影に臨んでいました。マグマカイロを手にしていても体の芯まで冷えきってしまい、「手や足の先が凍る!」と本気で思ったことが何度もありました…が、冬が大好きなので移住してすぐに北国の洗礼を受けられたことも幸せだったのかもしれません。

そんな雪の季節が少し懐かしくなるくらい、今ものすごい早さで北国の季節は移り変わっています。待機時間には爽やかな南風が心地よいです。ますます駆け足になる春に追いていかれないよう、そして、毎日変化する春を噛み締めながら、いろんな撮影地にどんどん出かけたいと思います。やがてやって来る北海道の短い夏もとても楽しみです。

シミズエリでした。
また次回お会いしましょう!

NiSi NDフィルター

風景写真家のために特別に設計された、Nano IR コーティングを施した高品質な光学ガラス製のフィルターは、キズや汚れ・色かぶりのない優れた描写をもたらします。
NDフィルターを使用し絞り込んだ状態で撮影する際、赤外線の影響による色かぶりが問題となることがあります。NiSiのフィルターは、IRコーティングにより赤外線をカットし色かぶりを解消、自然な色合いを再現します。

清水 愛里 eillie shimizu

1989年千葉県生まれ。前職で企画・運営を担当した写真展(写真家 井上浩輝さんや半田菜摘さん、日経ナショナルジオグラフィック)の仕事をきっかけに写真と出会う。その中で自身でも写真を撮りたいという強い思いが湧き上がり、カメラを手にする。北海道を訪れた際、その大自然の素晴らしさに圧倒され、それからは毎月のように北海道に通い、写真撮影をするようになった。2019年2月、写真の町・東川町に移住、念願の北海道民となる。企業広告写真の撮影をしながら、北国の地で美しい風景の中の動物や自然風景を被写体に作品作りをしている。

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