シミズエリの北海道撮影記 vol.4

北海道に梅雨がない、というのはよく知られた話ですが、6月にはすでに夏が感じられ、3時には夜が明けてしまう、というのは意外に知らない人も多いのではないでしょうか。そんな夏が近い北海道、森の中からのレポートです。

桜の撮影をし始めたあの春の始まりの日から、季節は瞬く間に流れ、北海道でもすでに夏のような暑さを感じる日も出てきました。6月にもなると北海道中に緑が溢れ、どこへ行っても夏らしい素敵な光景に出会うことができます。とても楽しみにしていた季節です。一週間経つと景色がガラッと変わるほど植物の成長のスピードが凄まじく、私はそんな駆け足な季節に置いていかれないよう、休む暇もなくあちらこちらに車を走らせては撮影に明け暮れる日々を送っています。

そんな撮影をする中でただ一つ、今の時期とても大変なことがあります。それは日の長さです。北海道は高緯度に位置しているので、夏至に向かって日照時間が日本でもっとも長くなっていきます。特に夜明けの早さにはびっくりします。3時過ぎには「灯火なしで屋外の活動ができる」とされる「市民薄明」が始まり、なんと3時台に日が昇ってしまうのです。深夜とも言える時間にもぞもぞと起きる朝はつらいですが、素敵な瞬間を撮るためには動き出さなくてはいけません。風景ももちろん日が昇るときは美しく素敵なので撮影したいし、私が多く撮影する動物もその時間帯に活動し素敵な光が差すことが多いので撮りたい。同じ時間帯にどちらの撮影に向かおうか悩ましく、体が二つ欲しいくらいです。それくらい今の北海道は撮りたいものに溢れた素敵な季節なのです。

そんな素晴らしい季節に、私は魅了されてやまない道東への撮影遠征に出かけました。道東には風景以外にも動物たちに出会える素敵な場所がたくさんあります。今回の道東遠征では釧路方面から根室、そのあと北上し知床半島へと向かいました。今の時期はいろんな動物たちが子育てをしています。お父さん、お母さんに大事に育てられた赤ちゃんたちは活発に活動し始め、姿を現わしてくれます。

これは何のひなか分かるでしょうか。実はタンチョウのひななんです。ずっと会いたいと思っていたタンチョウのひなは、お父さんとお母さんにたくさんの愛情と餌をもらいながら大事に育てられていました。小さいながらも一生懸命に生きる姿にとても心打たれます。道東は動物たちの楽園と呼べるほど、素敵な出会いに溢れた土地です。

さて、動物撮影にはぴったりの曇りや雨の日が続く中、太陽が顔を覗かせる日が訪れました。私はこの時期にとびっきり綺麗になるあの場所へと車を走らせました。その場所とは、道東・清里町の南部にある「神の子池」です。その名前からしてとても素敵な響きの神の子池は、アイヌ語で“神の湖”と呼ばれる摩周湖の伏流水からできているという言い伝えからその名前がついたそうです。世界有数の透明度を誇るあの摩周湖と繋がっている…そう思うだけで何だかロマンを感じます。神の子池があるのは原生林の森の中。なんと入り口にはこんな看板が。

少しドキッとしてしまいますね。日中の人の多い時間であれば、クマは人気を避けむやみに出没しないと言われていますが、念のため周りに注意しながら木道を進みます。鳥のさえずりや沢の音が響く森。とても心地よい場所です。
駐車場から神の子池までは木道が続いていて、迷うことなくたどり着くことができます。日の光に照らされた綺麗なブルーの池が目に飛び込んできます。青々とした緑に囲まれた神の子池。ここへ来るのは去年のこの時期に来た以来の2回目ですが、何度来ても息をのむほどの美しさです。まさに神秘の池。早速撮影開始です。しかし、日中のこの時間は光が綺麗な反面、水面が白く反射してしまい、うまく綺麗なブルーを写し出すことができません。

SONY a7R3, f/13, 1/30秒, ISO100, 16mm, フィルターなし

ここでPLフィルターを使用してみます。PLフィルターとは偏光フィルターとも呼ばれ、フィルターを回転させることで水面反射をカットすることができます。フィルターをレンズに装着したら、ファインダーを覗きながらフィルターを回転させます。反射が少なくなったところでシャッターを切りました。

左:フィルターなし 右:CPLフィルター装着 / SONY a7R3, f/13, 1/8秒, ISO100, 16mm, NiSi CPL

反射を見事に防ぎ、驚くほど綺麗なブルーの水を印象的に写し出すことができました。水面の反射の他にもガラスの反射などもカットしてくれるPLフィルターですが、この神の子池では絶大な効果を得ることができました。水の中の倒木もよりはっきりと見ることができます。この倒木が腐らずに化石のように沈んでいるのは、水温が年間を通して8度と低いからなのだそうです。水深は5mあるそうですが、底にすぐ手が届きそうなほどくっきりと見えますね。
神の子池をじっと見つめていると、魚が泳ぐ姿が見えます。倒木の隙間をスイスイと泳ぐのは、日本では北海道にしか生息しないオショロコマという魚です。そんなオショロコマの泳ぐ姿を見るうち、その姿を絡めて作品を撮りたいと思いました。広角レンズから200mmまでの望遠レンズに付け替えて撮影に挑戦です。

気に入った倒木の場所で構図を決め、オショロコマが泳いでくるのを待ちます。動物を被写体に撮影することは多いのですが、魚を撮影する機会はそう多くありません。動物よりもさらに動きが読めないので、ひたすらその時を待つ、忍耐の時間です。
オショロコマは数も多くいるので、ファインダーの中には飛び込んでくるのですが、なかなか納得のいくカットが撮れません。構図を少しずつ変えながら撮影を続けていたその時でした。私がレンズを向けていた場所のほぼ真ん中に1匹のオショロコマがやってきました。すると、水面に顔を出したのです。

SONY a7R3, f/9, 1/320秒, ISO1600, 200mm, NiSi CPL

オショロコマが水中へとまた潜っていくと、水面には綺麗な水紋が広がりました。思い描いていた以上の素敵な瞬間でした。ファインダーの中で泳ぐオショロコマは小さいので、オショロコマが泳ぐだけでは作品として何か物足りなさを感じていましたが、この水紋の広がりとともに、その気持ちもさっと晴れ渡ったようでした。キラキラと日の光に照らされた青い水の中を泳ぐオショロコマ。とても気に入った作品を撮ることができました。

1枚目の写真のように広角レンズで広くその風景全体を写し出すという撮り方だけでなく、望遠レンズで一部を切り取るという撮影方法も私の好きな撮り方のひとつです。ファインダーを覗くと、そこにはカメラだからこそ見えてくる世界があり、それがまた面白いのです。また、今回はそこにさらにオショロコマというもう一つの被写体も絡めて撮影をしました。切り取るのはより一瞬となりますが、その瞬間を待つドキドキ感、そしてその瞬間が訪れたときの興奮はやみつきになります。フィルターの力を借り、この作品を撮影することができて、本当に嬉しくなりました。PLフィルターを使用することで、ここまでくっきりと水の中を写すことができましたが、実はPLフィルターをセットしない状態だと周囲の木々などの反射が激しく、水中のオショロコマを撮るなど全くできない状況だったのです。

SONY a7R3, f/9, 1/1000秒, ISO1600, 200mm, フィルターなし

うっすら見える倒木の形を見ると、同じ場所にレンズを向けていることを見ていただけると思います。摩周湖からの湧き水でゆらめく水面に、周りの木の葉や枝、そして青空などが複雑に反射し、これではオショロコマどころか倒木さえ写し撮れません。しかし、こんなひどい反射もPLフィルターを使うことで先ほどの写真のように綺麗にカットすることができるのです。PLフィルターの効果、おそるべしです。

6月の道東遠征では様々な風景や動物たちとの出会いを求め、5日間での移動距離は1300kmにもなりました。写真の仕事をするようになって感じることですが、この職業は長距離の運転をすることも大事な仕事のうちの一つだと感じます。さらに、朝早くに出発するこの時期の撮影では車中泊の方が動きやすいので、今回の撮影期間も車で寝ることもあり、遠征中多くの時間を車で過ごしました。以前は足を伸ばして寝られず、何度も起きてしまいつらかったのですが、最近小さな車の中でも足を伸ばして寝る方法を発見したのです…!私の車は座席をフラットにすることはできないのですが、運転席と助手席をできる限り倒したところに突っ張り棒のようになって寝ます(笑)この方法を発見してからは車の中で寝ることも苦ではなくなってきて、だいぶ快適に過ごせるようになりました。北海道の夏の時期は日の出も早く、また、快適に過ごせる気温なので、これからも車中泊の日が増えそうです。北海道の夏はお盆までと言われます。短い夏ですが、自然がとても力強い季節。このあともたくさんの撮影地に出かけたいと思います。

シミズエリでした。
また次回お会いしましょう!

写真内のフィルターは、角型ホルダーシステムV6S5などに含まれるCPLフィルターです。

HD PL


撮影対象が持つ本来の色味と質感を忠実に再現
風景撮影に欠かせない偏光フィルター。NiSiのHD PLフィルターは色彩のコントラストを際立たせつつ、撮影対象が持つ本来の色味と質感を忠実に再現します。光学性能に優れた日東電工製の偏光フィルムを採用し、NiSiの経験と技術によるきわめて高精度の仕上処理で、風景写真家のためのPLフィルターが誕生しました。

写真:Vシリーズ用スタンダードCPL

清水 愛里 eillie shimizu

1989年千葉県生まれ。前職で企画・運営を担当した写真展(写真家 井上浩輝さんや半田菜摘さん、日経ナショナルジオグラフィック)の仕事をきっかけに写真と出会う。その中で自身でも写真を撮りたいという強い思いが湧き上がり、カメラを手にする。北海道を訪れた際、その大自然の素晴らしさに圧倒され、それからは毎月のように北海道に通い、写真撮影をするようになった。2019年2月、写真の町・東川町に移住、念願の北海道民となる。企業広告写真の撮影をしながら、北国の地で美しい風景の中の動物や自然風景を被写体に作品作りをしている。

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