シミズエリの北海道撮影記 vol.8

札幌から西へ100キロほどの場所にある羊蹄山。蝦夷富士とも呼ばれるその麓にある美しい湖、半月湖。そのひっそりとした湖畔で、色づき始めた木々が湖面に反射していました。

南国から氷点下の北海道へ

氷点下。そんな言葉があちらこちらから聞こえてきた北海道では、今まさに紅葉シーズンを迎えています。場所によっては木々がすでに冬の準備を始めているところもあり、私の住む東川町でもすっかり葉を落とした樹木も見られます。少しの間道外の撮影に出ていると、帰ったときびっくりするほど季節が進んでいるように感じます。先日は南国の県へ撮影に出かけていたので、北海道よりも気温は20度ほど高く、夕方は1時間も長く明るい時間が続いていました。撮影の途中で違う島へ移動するため飛行機に乗ったのですが、ちょうど日が暮れていく時間帯、翼には南国の空が映っていました。そんな特別な翼の模様に楽しみな気持ちが高ぶる取材撮影でした。

海に入れるほど暖かな場所から北海道に帰ってきた日には違う国にでも来たような感覚になりました。吐く息は白く、ホットドリンクが恋しい季節。もう冬がすぐそこまで来ているようです。

紅葉を求めて西へ

そんな季節、私は紅葉の季節が始まった北海道で札幌よりも西のエリアを目指して撮影に出かけてみることにしました。紅葉のスポットを探すうち、私は水辺の紅葉を撮りたいと考え始めました。例えば、湖なら湖面に映る紅葉を、川や滝であれば水の流れと紅葉を。水に落ちた紅葉の葉が漂うさまを写すのも素敵かもしれない。そんな想像を膨らませながら、私は半月湖という場所を撮影地に選ぶことにしました。初めて訪れる湖でしたが、半月湖は小さい湖ということから対岸にある木々の水面への反射が見やすいのではと想像して、この湖を選びました。天気は曇りのち晴れ。日がしっかりと昇って湖に光が射す時間に湖に到着することを目指して出発です。

半月湖は羊蹄山の山麓にある火山湖です。その名の通り、上空から見ると半月のような形に見えることからその名が付けられたそう。半月湖の看板を目印に駐車場に到着すると、そこから散策路が続いていました。ミズナラやシラカバが自生する原始林の森です。森の緑はまだ青々としていましたが、足元にはたくさんのどんぐりや落ち葉。このどんぐりをリスや、ひょっとしたらクマも食べているのかも。そんな想像をしながらどんどん奥へと進んでいきます。

道はだんだんと狭くなり、湖畔に向かって下っていく細い道に入りました。15分ほど歩いて心細くなってきていた気持ちも、下の方に水辺が見えて少しほっとしました。20分くらい歩いてようやく湖畔にたどり着くことができました。周りを木々に囲まれた小さな湖の淵に立って湖を眺めると、世界は目の前に広がる湖だけのような錯覚すら覚えます。静寂が漂う不思議な場所です。

湖をぐるっと見渡すと、まだまだ紅葉は始まったばかりの様子。それでも湖面に姿を映す木々の中には赤や黄色に色づいているものも見られました。半月湖ではまだ紅葉真っ盛りとはなっていませんでしたが、緑の中にぽつぽつと浮かび上がる秋の色合いが素敵に感じられ、私は色づき始めた木を探しながらシャッターを切りました。

SONY a7R3, f/8, 1/125秒, ISO100, 60mm, フィルターなし

長時間露光でリフレクションを撮る

木々の反射はしっかりと湖面に映っているのが見えます。しかし、少し風が吹いているので、水面に映った木々は水面のゆらぎのために鏡のような反射にはなっていません。日が昇りきった時間、風が止むことは期待できません。そこで私は思い切って長時間露光に切り替えてみたらどうだろうと思い、フィルターを使用してみることにしました。ある程度の露光時間が欲しかったので、フィルターはND1000を用意します。

SONY a7R3, f/8, 10秒, ISO100, 60mm, ND1000

湖面に映る反射はにじんだように写し出され、そのさまは水彩画のようだと感じました。画面上に見える現実の世界と、下に見える湖面の世界。くっきりとした現実世界とは対照的に湖面の世界は優しくにじみ、その対比を表現することに面白さを感じました。フィルターなしで撮影した時のように、少し水面が揺らいでいる状態で長時間露光するとにじんだ様子が写し出されますが、湖面に吹く風が強すぎると小さな波が立ってしまい、水面が白く反射して上手くいきません。風の吹くタイミングを見ながらシャッターを切っていきます。

SONY a7R3, f/8, 1/125秒, ISO100, 100mm, フィルターなし

SONY a7R3, f/8, 83秒, ISO100, 100mm, ND8000

今度はND1000のフィルターに、さらにND8のフィルターを重ね、83秒という時間をかけて撮影しました。水面に見えていた水の跡はさらに見えなくなり、湖面はなめらかなキャンバスに描かれた抽象画のように見えました。シャッターを切り始めてからじっと待つ83秒という時間、普段の生活だったらあっという間に過ぎ去ってしまい気にも留めない時間かもしれません。でも一人っきりで過ごすこの静かな湖畔での約1分半はとても長い時間のように感じました。

急に風が吹き、草木がこすれる音が響きます。私は背後に気配を感じて周囲を注意深く見渡しました。気のせいかもしれませんが、獣らしいうなり声が聞こえた気がしたのです。恐怖心からくるただの空耳かもしれません。でも、その草の陰に本当に動物がいたら…。そんな想像をしながら私は一気に心臓がドキドキしていくのを感じて、手を叩いて音を出しました。シャッターを切るたびに待つ1分半という時間はあまりにも長く感じ、私は何度も手を叩いて周囲を見渡しながらその時間が過ぎるのを待ちました。

再び風が吹き、振り返ると近くの草が不自然な揺れ方をしています。明らかに何かいる…!目を凝らしてその草のあたりをじっと見つめると、尻尾の長い小さな影が。草を揺らしていた犯人は、シマリスでした。ひとまず胸をなで下ろします。でもまだ安心はできません。周りに注意を向けながら、手に汗握り、再びシャッターを切ります。

湖面に映る木々が、絵画のように

SONY a7R3, f/8, 81秒, ISO100, 70mm, ND8000

緑の中に映える赤や黄の葉が湖面の中で淡くにじみ、現実世界とは異なる幻想的な世界を作ります。まだ緑の多い季節だったからこそ、ぽつぽつと色を変えた葉がより引き立ちました。北海道では季節ごと、もしくはもっと短い期間のうちに次々と色々な草花が姿を現していました。その雑草の美しさもさることながら、様々な木々、植物が自生する北国の原生林では、紅葉の季節を迎えた今、色あざやかな姿を見せてくれました。その木々が湖面に映る風景を絵画のように写し撮りたい。その思いが叶った1枚となりました。

この記事を書いている今日、私の住む町から白い雪でお化粧をした大雪山がくっきりと見ることができました。そんな姿を見ているともう冬が来てしまったような気がしてきます。最高気温が10度ほどの日もしばしば。関東に住んでいた頃はこれくらいの気温を感じるのはすっかり冬になってからではなかったでしょうか。これからどんな風に世界が真っ白に変わっていくんだろう。そんな想像をしながら冬を待ちたいと思います。

シミズエリでした。
また次回お会いしましょう!

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清水 愛里 eillie shimizu

1989年千葉県生まれ。前職で企画・運営を担当した写真展(写真家 井上浩輝さんや半田菜摘さん、日経ナショナルジオグラフィック)の仕事をきっかけに写真と出会う。その中で自身でも写真を撮りたいという強い思いが湧き上がり、カメラを手にする。北海道を訪れた際、その大自然の素晴らしさに圧倒され、それからは毎月のように北海道に通い、写真撮影をするようになった。2019年2月、写真の町・東川町に移住、念願の北海道民となる。企業広告写真の撮影をしながら、北国の地で美しい風景の中の動物や自然風景を被写体に作品作りをしている。

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