写真家 谷田洋史さんに訊く

Sony World Photography Awards 2017の受賞作、北海道・美瑛町の「青い池」を撮影した作品「borderline 青と白、氷と雪の境界線」は、これは現実だろうか、と思ってしまうほど、幻想的な作品です。しかし、よく見ればつくり込まれたものではない、まぎれもない北海道のネイチャーフォトです。そんな独特の作風の秘密はどこにあるのか。谷田さんに自作を語っていただきました。

車の写真を撮っていたら、北海道の風景の素晴らしさを”発見”した

—– はじめに、写真をはじめたきっかけを教えてください。

一眼レフのカメラを買ったのは、海外旅行がきっかけです。それから旅行の際には撮っていましたけれど、ふつうの旅行写真でした。その後、僕は自動車が好きなので、自分の車をかっこよく撮ろうと思って、車の撮影をはじめました。北海道に住んでいるので、絵になる背景はたくさんあるんです。
ある日の夕方、車の写真を撮っているときに、空がものすごくきれいな日があったんです。撮影後、その写真を見たときに、被写体の自動車よりも背景の景色のほうが圧倒的にきれいだった。それで、車はもういいやと(笑)、思って風景を撮ってみようと。そこから本格的に撮影をはじめました。それが2012年くらいですね。

—–どうやって風景を撮りはじめたんですか?

まずは、いろいろな人の写真を見てみようと思って、Facebookや、写真SNSのアカウントをつくりました。海外のSNSサイト、500pxや1xなどをみて、こういう写真を撮ってみたいなと思って調べはじめて、三脚やレンズなど、色々な道具の情報を集め出しました。

—– その頃はどのような写真を撮っていたんですか?

北海道には景勝地がたくさんあるので、事前に調べて、雑誌やSNSに掲載されているのと同じような写真を撮っていました。はじめはそれで満足していたんですけれど、次第に、人と同じような写真を撮ってもしょうがないなと。自分らしさを表現するにはどうしたらいいんだろうと考えはじめました。そう思って、さらに多くの写真を見るようになって、フィルターを使い始めたのもこの頃です。

—— どんなフィルターから使い始めたんですか?

2014年頃だったので、角型フィルターを使ってる人はあまりいなくて、円形フィルターからはじめました。あるとき、海外の写真家の方が、レンズの前に四角いものを着けてるのを見て、あれが角型フィルターというものらしいぞと(笑)。それで、濃いNDフィルターとGNDフィルターを手に入れたんです。

SymmetryrtemmyS 北海道 函館市 五稜郭公園/ Canon EOS 1D X, Canon EF24-70mm F2.8L II USM, 1/100sec, f/9, ISO250  CPL

自分らしさの手応えをつかんだ1枚「SymmetryrtemmyS」

—– そうして撮影を続ける中で、手応えを感じたのはいつですか?

「SymmetryrtemmyS」を撮ったときですね。このときは、これは自分の名刺代わりになるような写真だ、と思いました。五稜郭の桜は撮影スポットではあるんですが、この写真の場所から撮ったのは、私が知る限り、自分がはじめてだったと思います。

—– どんなシチュエーションで撮影したのですか?

ここは、写真を撮りはじめる前からよく来ていた場所で、写真をはじめてからは、一度はちゃんと撮ってみたいと思っていた場所なんです。
写真のような風がないコンディションはあまりなくて、風があるとさざ波が立ってしまう。だから風がない夜明け前の30分間を狙いました。

—– 水面の反射がとてもきれいですね?

通常PLフィルターは反射を取り除くために使いますが、私は逆に、反射させるために使うことが多いんです。リフレクションを撮影するときにPLフィルターを活用することで、よりきれいに、鏡のように反射させることができます。さらに、堀の中心が正確にセンターでないと、きれいな左右対称にならない。少しでもずれると上下対称にならないので、そのあたりも計算して撮っています。

——左右対称で、水面を反射させて、このような写真を撮る、というのは事前に想定して撮影したのですか?

そうですね、できあがりのイメージが頭の中にあって、それを撮影技術によってイメージに近づけていった感じです。

borderline 青と白、氷と雪の境界線 北海道 美瑛町 青い池 / SONY α7RII, SONY FE 24-70mm F2.8 GM, 15sec, f/9, ISO100  / [Award] Sony World Photography Awards 2017 Nature Category Winner

Sony World Photography Awards 2017を受賞した「borderline」

—– その後、現在に至るまでのターニングポイントになったできごとはなんでしょうか?

やはり2017年のソニーワールドフォトグラフィーアワードの受賞ですね。応募締め切りが2017年1月だったので、何を出そうかずっと考えていました。
受賞作を撮った青い池は、冬にはライトアップされるんです。10分くらいのプログラムで、照明が時間とともに変わっていく。この作品は、照明の色が切り替わるタイミングで撮っているので、2つの照明の色が重なって立体的に見えています。だから、この色そのものは、その場に行っても見えない色でもあるんです。

—— そのタイミングを狙って撮ったんですね?

はい。照明のプログラムは毎年変わるので、はじめは撮影せずに、今年はどんな照明なのかと見ていました。切り替えのタイミングが面白そうだなと思って、このタイミングを狙ったんです。何枚か撮って、この作品が撮れたときには、応募するのはこれしかない、と思いました。

—– そして見事に、一般公募部門 Natureカテゴリー最優秀賞を受賞しました。どんな気持ちでしたか?

授賞式はロンドンで行われたんですが、あまり実感がなかったですね。他の受賞者である世界中の写真家とコミュニケーションができて、とても貴重な体験でした。

stroke 北海道 積丹町 神威岬 / SONY α7RII SONY FE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSS, 13sec, f/14, ISO50 / ND500

雲海で覆われた屈斜路湖「stroke」

—– 雲海に覆われていますが、こちらはどんな場所ですか?

津別峠で撮影しました。屈斜路湖を見渡せる場所で、この雲の下に湖が広がっていて、手前が森なんです。外輪山になっていて、縁があるところから雲が流れ込んでくるような地形です。
以前、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジが雲海に埋もれているような写真を見たことがあって、ここなら同じようなイメージで撮れるんじゃないかと思って撮った写真です。

—– NDフィルターを使用した作品ですね?

雲の流れをフィルターでつくっています。ND500で、シャッタースピードは13秒。雲の動きが速かったので、シャッターを長くしすぎるとフラットになってしまうと思ったので、このくらいかなと。ここへは毎年行くんですけれど、雲海が出ることは少ないんですが、このときは大当たりでした。

中央から右上の方の林が見え隠れしてるくらいの雲海がいいんです。これ以上濃いと林が雲に飲まれてしまうし、少なすぎると林が見えすぎる。前後何枚か撮っているんですが、これがベストでした。

撮影のポイントは、長時間露光の秒数の調整です。13秒と決めて、それにあわせて絞りとISO感度をあわせました。絞りは14ですが、本当は11くらいにしたかったんです。でも、シャッターを13秒にするために、14まで絞りました。NDフィルターを使う時はシャッタースピード基準にして、他をあわせていくことが多いですね。風景撮影は、待ち時間が長い割にはベストな撮影のタイミングって数分だったり数十秒だったりするので、そういうあわせ方をしています。
このときは、夜中から待っていたんですけど、明るくなったときには雲海が少なくて、徐々に雲が多くなってきた。撮影したあと、すぐに林が雲に飲み込まれてしまいました。その間に、撮らないといけなかったので、たとえばフィルターを変えて30秒を何回かとか撮っていたら、このカットは撮れていなかったと思います。

Harbinger 北海道 積丹町 神威岬 / SONY α7RII, Nikon AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED, 60sec, f/16, ISO50 ND8
[Award] Nature’s Best Photography ASIA HIGHLY HONORED LANDSCAPE

神秘的な何かが起こる前兆「Harbinger」

—– こちらは海岸の写真、うっすらとした日の出が不思議な色を見せています。

東向きの海岸で、日の出を撮りに来ることが多い場所です。真ん中の若干暖色になっている部分が、遠くの朝陽の色ですね。
ここは自宅から1時間の場所にあり、頻繁に通っているのですが、それまでこんな写真は撮れなかったな、という1枚です。朝陽が出ないことは天気予報で分かっていたんですけど、何か撮れるんじゃないかと待っていて撮った写真です。他にここでこういう写真を撮ってる人もいないですしね。

—- 夜明け前の写真ですか?

夜明けの1時間前、3時半には三脚を立てています。その頃から明るくなりはじめて、日が出るまでの30分が勝負でした。日が出ないのは分かっていたんですが、このときは上空の風が強く、雲が広がって見えていた。その動きをNDフィルターを使って出して、水面は止めるというような表現ができるなと思って撮影しました。静と動の対比が出したかったんです。

—– なんといってもこの不思議な岩がポイントですね?

この岩はとても不安定に見えますが、実は別の角度から見るとそうでもなかったりするんです。この写真は一番不安定な確度から見ています。
ここで撮るには、レンズのチョイスも重要なんです。潮位が大きく変わるので、引き潮の場合だと、砂浜を入れないためには超広角レンズでできるだけ近寄り、そうでないときは標準レンズでよかったりします。
タイトルのHarbingerは、前兆という意味です。いかにも何かが起こりそうなかんじで撮れているのでそういうタイトルにしました。

Rei-Mei 北海道 上士幌町 タウシュベツ川橋梁 / SONY α7RII, SONY FE 24-70mm F2.8 GM, f/11, ISO100 ND500+ ND8

ダム湖の水位で見え隠れする「幻の橋」

—– 湖の中の橋ですね。どういう場所ですか?

道東の上士幌町、タウシュベツ川橋梁にかかっている橋です。もう使われていませんが、もともとは木材を運ぶ鉄道が走っていて、そのときには湖ではなくて、森の中を線路が走っていたんです。それが廃線になって、そのあとダム湖になった。
ダム湖なので、発電すると潮位が低くなって橋が見えて、終わると隠れるので、幻の橋といわれていたりします。秋口になると全部沈んでしまい、冬になると湖は凍ってしまう。
でも、発電すると、水位が減って、氷を割ってこの橋が顔を出してくる。だからこんなに橋はボロボロになっているんです。ここに来て見るたびに脆くなっているのがわかります。

—– 日本っぽくない、洋風な感じがしますね。

そうですね、撮影したのは秋口で、奥の林、白樺の木が紅葉しています。
湖には実際にはさざなみが立っていて、ND500にND8をかけて、ND4000にしてとっています。シャッタースピードは45秒。雲が激しく動き始めたので、1分近く動かすとかっこよくなるだろうなと思って、フィルターを着けました。
雲の動、橋と湖の静とが表現できればと思いました。

写真では朝日が若干雲に反射していて、画面左から日が昇るんですけど、自分がいるところまでは朝の光が届いていない時間帯です。ここは、平日朝、出勤前に撮りに来たりする場所です。そうすると出勤距離が250km位になってしまいますが(笑)

Harbinger 北海道 積丹町 神威岬 / SONY α7RII, Nikon AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED, 60sec, f/16, ISO50 ND8

北海道の夏の海、積丹ブルーを表現する

—– こちらはブルーが印象的な、南の島のような海ですね。

積丹町の神威岬で、昼間の時間帯撮った写真です。ここは北海道で、しかも日本海側なんですけど、南国のような海で、色がすごくきれいで、積丹ブルーと言われている海です。夏、7月に撮影しています。

—– 様々な青がとてもきれいに出ていますね。

実はこの写真は、超広角レンズを手に入れたんで、テストしてみようと思って撮りに行ったんです。Nikonの14-24mmのレンズの、14mm側で撮っています。だから、岩は遠くにあるように見えますけど、肉眼で見るともっと近いんです。
レンズのポテンシャルを試したかったんですけど、雲がいい感じに広がっていて、風が出ていて雲のうごきがあったので、同じくこのレンズ用のNiSiの150ミリのフィルターを手に入れたばかりだったので、使ってみました。そうして撮った写真です。

—– テストはどんな印象でした?

色かぶりがほとんどなくて驚きました。普通、フィルターをかけると赤みを帯びたりすることが多かったので、現像の際に調整するか、ホワイトバランスを調整してからフィルターをかけなければならなかったんですけど、この青がそのままの青で出てびっくりしました。

—– 色かぶりなどがないと、現像などの後処理も楽になりますか?

楽ですね。フィルターで色がかぶると、まずゼロにするところからはじめなきゃいけない。その処理が必要ないというのは大きいです。私は、後からなんとかなるやという撮り方はしたくないんです。撮影の時にやれることは全部やって、できるだけきれいに撮りたい。フィルターを着けることによって、クォリティが下がって、後処理が増えてしまっては意味がないですから、フィルターの精度というのはとても大事です。

現実を超えた、パラダイスとしての北海道を撮影する

—– こうしてみてきても、あるいは写真サイトに並んだ写真を見ていても、谷田さんのカラーというのは明確にありますよね。それはどういうところだと思われますか?

言葉にするのは難しいですね。私自身、撮るときには特に意識していませんが、よく「谷田の写真は谷田のだとすぐわかるよね」と言われたりします。何らか自分のエッセンスみたいなものは入っていると思うんですけど、意図して撮らなくてもそうなることが多いみたいです。

私のサイトのタイトルにしている、paradise on Earth “Hokkaido”というのが私にとっての大きなテーマです。現実とは違う、パラダイスのような北海道をみてもらいたい。ただ、そこであまりに現実とかけ離れてしまう写真になってしまってはいけない。ファンタジーになってはだめなんです。空や森の青など、現実にない色に加工するのではなく、あくまで見たままの色に近づけ撮影しています。そのうえで、現実以上のシーンを見せていきたい。上手く言葉にはまとめられませんが、そういった部分じゃないかと思います。

—– 今後の活動予定を教えてください。

北海道を中心に撮影するというのはかわらず、今後は自分の写真を見てもらえる機会を増やしていきたいですね。海外からの問い合わせも増えていますし、個展の計画もあります。もっと北海道に行ってみたいと思えるような活動ができたらやってみたい。私の写真が、北海道へ行きたいと思ってもらうことのきっかけになればうれしいですね。

谷田洋史 Hiroshi Tanita

2012年より「地球の楽園~北海道~」テーマに、四季を通じて美しい北海道の大地をダイナミック且つ繊細に表現することを心掛け創作活動を行っている。
コンセプトは「見たことのある風景の、見たことがない瞬間を」
直近の受賞として、2017 Sony World Photography Awards 「Nature Category Winner」
NATURE’S BEST PHOTOGRAPHY ASIA 2017「Landscape Highly Honored」などがある。

主な受賞歴
Winner on Sony World Photography Awards 2017 Nature Category
Highly Honored LANDSCAPE on Nature’s Best Photography ASIA 2017
Editor’s Favorite on 2017 National Geographic Travel Photographer of the Year
Bronze Prize on 56th FUJI PHOTO CONTEST
Editor’s Favorite on 2016 National Geographic Nature Photographer of the Year
Editor’s Favorite on 2016 National Geographic Travel Photographer of the Year
Editor’s Favorite on National Geographic Traveler Photo Contest 2014
Honorable Mention on Nature’s Best Photography JAPAN Photo Contest

主な展示歴
2017/07/20-08/08 個展 「paradise on EARTH “Hokkaido”」ソニーストア 札幌
2017/09/29-10/12 「第10回 ソニーワールドフォトグラフィーアワード 2017年度受賞作品展」ソニーイメージングギャラリー銀座
2018/03/17-03/30 個展 「paradise on EARTH “Hokkaido”」ソニーストア 大阪
2018/07/26-08/01 個展 「paradise on EARTH “Hokkaido”」ソニーストア 福岡天神

ウェブサイト
paradise on Earth “Hokkaido”