池田亜沙美さん・池田昌広さんに訊く

池田亜沙美さん、池田昌広さんは長野県、京都府を拠点に活動する写真家夫婦。亜沙美さんは中判フィルムカメラをメインに、昌広さんはデジタルカメラをメインに写真表現を追求し作品を撮り続けています。それぞれのフィールドで個々に活躍しながらも、お互いに刺激を受け合っているというおふたりに、フィルムカメラ、デジタルカメラそれぞれのフィルターワークの魅力について訊きました。

「風景写真」「フィルムカメラ」 — それぞれの写真との出会い

——— 写真との出会いについて簡単にお聞かせ下さい。

亜沙美さん 私は大学生の時に写真に興味を持ち、初めて本格的なカメラを買いました。それはデジタルの一眼レフカメラだったのですけど、SNSに写真を投稿していると、フィルムカメラで撮っている人が意外とたくさんいることを知りました。フィルムってデジタルとは違う独特の質感ですよね。その不思議な描写にすごく魅力を感じたので、次第にフィルムカメラをメインで使うようになっていきました。卒業後は管理栄養士の仕事に就きましたが、週末には趣味として撮影を続け、写真展を開催したりすることで、自分の写真を見てもらう活動もしてきました。そうしているうちに「自分も撮影して欲しい」という人も現れ、私が撮った写真をすごく喜んでくれたので、写真を仕事にしたい、もっと本格的に写真を学びたい、と思うようになりました。しばらく各方面で写真を勉強させていただき、思い切って2015年に独立しました。

昌広さん 中学生の時に、親が持っていたフィルムの一眼レフカメラを使い始めたのが写真との出会いでした。ちょうどその頃、自分にとって初めての海外経験となるカナダ旅行をするのですが、そこで目にした外国のダイナミックな景色と野生動物との出会いがずっと強く印象に残っていて、「いつかは世界中を巡り外国の風景や動物の写真を撮りたい」と思ったのが、今思えば写真家になるルーツだったのかもしれません。
本格的にデジタル一眼レフを使い始めたのは社会人になってからです。大人になってからも写真を仕事にしたい、海外へ出たい、という思いは強くなる一方で、それまでの仕事だったエンジニアを辞め、世界中の絶景を巡る撮影の旅に出ることにしました。そしてさらに、もっと色々な写真のジャンルに触れてみたくて、イギリスに渡ってファッションやビューティーの写真を学びました。その後も、いろんなジャンルに挑戦をしたのですが、最終的には風景写真を題材としたファインアートの分野に魅力を感じ、自分に一番合っているジャンルだとも思いました。以来、風景を作家活動の主な被写体にしています。

世界屈指の星空でフィルムカメラでの長時間露光に挑戦

撮影:池田亜沙美 撮影地:テカポ湖 PENTAX 67ii, smc PENTAX 67 105mm F2.4, 540秒  (フィルターなし)

撮影:池田昌広 撮影地:テカポ湖 SONY α7R III, SONY FE 16-35mm F2.8 GM, 30秒  (フィルターなし)

亜沙美さん フィルムカメラでの長時間露光撮影は何度かやってみたことがあったのですが、作品を撮る前提で初めて長時間露光撮影をすることになったのが、ニュージーランド南島にあるテカポ湖です。国際ダークスカイ協会(ダークスカイリザーブ)に認定された世界屈指の星空は、肉眼で見ても凄くきれいでした。自身の作品の新たな表現として、フィルムカメラでの星空の撮影に挑戦をしてみようと思ったのが長秒露光をはじめたきっかけです。夜ですので、この時フィルターは使っていません。フィルムカメラは撮影の後ですぐに結果を見られません。現像してみて初めてわかる独特の世界観。長時間露光の表現の面白さに気がつきました。そして、日中でも長時間露光に挑戦してみたいと思うようになりました。このときはまだフィルターを所有していなかったのですが、フィルターへの興味が湧きだしたきっかけだったと思います。

露光の間に感じたことを写真に込める

撮影:池田亜沙美 撮影地:兵庫 PENTAX 67ii, smc PENTAX 67 105mm F2.4, 120秒, ND1000相当

撮影:池田昌広 撮影地:兵庫 SONY α7R III, SONY  Sonnar T* FE 55mm F1.8 ZA, 112秒, ND1000 + Soft GND 8

昌広さん フィルターワークを使った長時間露光では露出倍数とかをちゃんと計算しなくてはならないので、デジタルカメラでも難しいですよね。なかなか予測通りにはいかない。それをフィルムでやろうと思えばなおさらですよね。ただ、妻の写真の現像が上がり、僕の撮ったデジタルカメラの写真と見比べると、似てはいるけど全然違う世界観になっている。フィルム特有の粒子の質感や、階調の豊かさ。中判ならではの奥行き感。これはこれで凄い表現だなって。こういう描写はデジタルカメラでは出せないですからね。

亜沙美さん 私はどちらかというとフィルムでスナップ写真を撮るのが好きなのですけど、主人の影響もあって風景写真も好きになりました。風景写真を始めた時は、その時に持っていた機材で撮れるものを撮っていましたが、例えば朝焼けとか夕焼けの時に、横で主人がフィルターを使って撮った長時間露光写真を覗き見すると、きれいな風景に雲のダイナミックな動きが加わり、さらにドラマチックになっていたんですね。こういうのを見せられちゃうとフィルムカメラでもフィルターワークに挑戦してみたいなという思いが強くなります。ニュージーランドでの経験もあり、次第に自分も積極的に長時間露光をしてみたいと思うようになりました。自分のフィルターをまだ持っていなかったので主人にフィルターを借りて日中の長時間露光もしてみるようになりました。これは私の実家の近くで撮った滝雲で、円形フィルターを重ね使いしてND1000相当にしていたと思います。現像が上がった写真を見て、フィルムカメラでのフィルターワークが予想を超える結果を出してくれることを実感しました。

——— フィルターは撮影後に加工することがほぼ不可能だったフィルム全盛期に発展したアイテムですから、フィルムカメラでのフィルターワークは面白そうですね。

昌広さん 僕も昔はフィルムカメラでの長時間露光作品を撮影をしていたのですが、デジタルカメラになって、より細かい部分を調整しやすくなりました。デジタルカメラでのフィルターワークも面白いです。特にNDフィルターを使った長時間露光は、撮影しながら、その風景をより楽しむことができると思います。
シャッタースピードが長いので、露光の間、移り変わる景色を自分の目で見ることができます。いわゆる撮影スポットでは居合わせた写真仲間と露光の間、おしゃべりをしたり、景色を眺めながらオニギリを食べたりもできます。撮影をしつつものんびりとした時間を過ごしています。これが何百分の一、何千分の一のシャッタースピードだと、あっという間に終わってしまうから、次から次へと忙しなく撮影してしまうでしょう。もちろんたくさんの構図が撮れますのでそういうスタイルもいいと思うのですが、僕はこのシャッターを切っている何分間という時間が大好きなんですね。

ファインアートの風景写真では、必ずしもリアリティーを追求する必要はないと僕は思っています。長時間露光で撮った写真を見て、「本当にこういう風に見えるの?」「肉眼ではこんな風に見えないでしょ?」という人もいますが、僕は露光した数分間に、その風景を見て、感じて、楽しんだことを表現しています。言ってみれば、その風景を見た時の感想文です。そういうスタンスで風景写真を撮っています。露光終了までは結果の分からない長時間露光は、デジタルカメラであってもフィルムカメラで撮っている感覚に近い。僕はデジタルカメラでフィルムライクな撮り方をしているのかもしれませんし、そんな実験的な撮影が好きなのかもしれません。

撮影:池田昌広 撮影地:フェロー諸島 SONY α7R III, SONY FE 16-35mm F2.8 GM. ND64 + Soft GND 8, 242

撮影:池田昌広 撮影地:フェロー諸島 SONY α7R III, SONY FE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSS, ND1000, 30

フィルムカメラのフィルターワークに感じた大きな可能性

亜沙美さん 主人から円形フィルターを借りて使っていた時は、出来上がった写真に新鮮な感動を覚えたものの、それまでスナップ写真をメインにしてきた私にとっては、撮影時に円形フィルターを何枚も付けたりするのは正直まどろこしいと感じていました。角型フィルターが便利なのを知ってはいたものの、大きなガラスを扱うことに対する心配もあり導入を躊躇していたんですが、そんな時に75mmの小さなサイズの角型フィルターもあることを知りました。私が主に使っているカメラはペンタックス67Ⅱなのですが、常用レンズのSMC PENTAX67 105mmF2.4 にはNiSiの75mmシステムがピッタリで、これを使い出してからフィルターワークがより簡単になり、長時間露光での撮影が一気に楽しくなりました。カメラがすごく大きいので、フィルター一式の方が小さいぐらいです(笑)。フェロー諸島に撮影に行った時も、角型フィルターを持って行ったので長時間露光ありきで撮影をしました。肉眼で見てもため息が出るほど美しいフェロー諸島の風景が、長時間露光をすることでフィルム独特の質感も伴って、デジタル写真とは明らかに違う世界観をもった作品になっていく。そんな体験から私はフィルムカメラでのフィルターワークに大きな可能性を感じました。

撮影:池田亜沙美 撮影地:フェロー諸島 PENTAX 67ii, smc PENTAX 67 105mm F2.4, 120秒, ND1000

撮影:池田亜沙美 撮影地:フェロー諸島 PENTAX 67ii, smc PENTAX 67 105mm F2.4, 120秒, ND1000

フィルムカメラは1回に撮れる枚数も少ないので、「このタイミングで本当にシャッターを押していいの?」という覚悟とか、その場で結果を見れなくても「ここはもう撮ったんだから終わりにするしかない」という割り切りも必要になってきます。だからフィルムカメラは1枚に込める思いが大きくなりますね。まして、フィルターを付けて長時間露光をする場合、露出を失敗しないように露光時間を計算し、露光中も光の移ろいや雲の動きなどの変化に集中する必要があります。朝や夕方など、明るさがどんどんと移り変わるような場面では、勘に頼るような部分も出てきます。難易度が高い分、出来上がった作品に対してはなおさら思いが大きくなります。フィルムカメラでの長時間露光、これからも挑戦していきたいと思います。

M75ホルダー キット

コンパクトカメラ/ミラーレス一眼に最適
39mmから67mmのフィルター径に対応

75mmサイズの角型フィルターを2枚、専用CPLフィルター1枚を搭載。ミラーレス一眼カメラや、ハイエンドコンパクトカメラに対応、カメラ本体のコンパクトさを活かせる小型角型フィルターシステムです。

ND 75x80mm

Nano IR コーティングを施された高品質な光学ガラス製のフィルター
本体寸法は75×80mm・2mm厚、「M75ホルダー」に対応。IRコーティングにより赤外線をカットし色かぶりを解消、自然な色合いを再現します。

池田 亜沙美 Asami Ikeda

1987年京都府生まれ。
長野県在住のフォトグラファー。

作品としてポートレートやファインアートをメインに撮影。
モチーフを使った抽象的な写真や、人物の自然な表情を切り取る写真が特徴。
中判フィルムカメラをメインに使い作品作りに取り組んでいる。営業写真家として、ウェディングフォト、家族写真なども撮影。
管理栄養士としての顔も持ち、フード撮影や、料理コンテストの審査員を務めるなど、多方面で活動。

Webサイト

池田昌広 MasaHiro IKEDA

フォトグラファー・ビデオグラファー1986年長野県生まれ。
長野県、京都府を拠点とし、写真作家、営業カメラマンとして活動。

作家としてのジャンルは主に風景・ファインアート。
長時間露光を使った、肉眼では見られない写真ならではの表現を追求してる。

営業カメラマンとしては、ウェディング、ドキュメンタリー動画などのジャンルの撮影をしている。

世界各国の文化の違いや、風土の違いなどに興味があり、現在までに世界約80カ国を訪れ行く先々での風景、動物、文化などを記録してきた。
現在は一年の約半分を海外遠征での制作活動にあてている。

2019年には、地元での風景写真個展「BRIGHTNESS」を開催。

Webサイト

ウェディングフォトグラファーとして代表を務める”Tolocca”のウェブサイト