写真家 桶田雅威さんに訊く

デジタル一眼レフを手にしたことで、写真表現のテクニックに興味を持った桶田雅威さん。ネットなどから入手した最新テクニックを一気に習得していくと共に、様々な写真共有サイトに投稿を開始。2014年に、500px Top10 Street Photos of 2014に選ばれるなど、テクニックを駆使した作品が高く評価され、著名ミュージシャンのCDジャケット写真などを手がけるようになります。現在、風景とポートレイトの2分野で活躍中ですが、その2分野の融合も試み始めているようです。そして、2分野融合の先にある写真表現とは何か? 桶田雅威さんに訊きました。

無題 / NIKON D4, 1/20 sec, f/1.6, 35 mm

子どもの成長を写真に残すためデジタル一眼レフを買ったが…

____ 写真をはじめたきっかけを教えてください。

子どもの成長を写真に残したいと思い、2012年にエントリークラスのデジタル一眼レフを買いました。しばらくは自己流で子どもの写真を撮っていたのですが、次第にカメラや写真自体に興味を持ち始め、風景や動物の写真なども撮るようになっていきました。

そして撮りたい写真や撮影方法を調べるために国内外の様々な写真共有サイトを参考にする傍ら、自分もそこで写真を公開するようになりました。すると、そこで少しずつコメントやLIKEなどのリアクションが得られることが楽しくてますます写真にハマっていきました。

しかし、500pxや1xをはじめとした海外の写真共有サイトでは、自分が撮影している方法では到底撮れないような魅力的な写真であふれかえっていました。当時はそういった作品がどのように撮影、現像、レタッチされているのかを考え、調べ、実践してみて、テクニカルな部分を吸収していく事がとても楽しく、写真を通じて何かを伝えたいとか表現したいというよりは、どちらかというと撮影、現像、レタッチの技術的な面に興味がありました。

____ 撮影やレタッチの技術に興味があったのですね。

はい。最近では国内でも撮影、現像、レタッチ方法を公開する風潮が広まってきていますが、数年前まではあまり公開されていませんでした。どちらかというと、積極的に現像、レタッチすることを良しとしない空気もあったように思います。

しかし、海外のPhotographでは、いわゆるJPEG撮って出しというのはまだ作品制作プロセスの途中段階であって、RAW撮影から現像、場合によってはレタッチまでする事が当時からあたり前という文化でした。そしてそれらの技術はほとんどが公開されていました。

そういったことから、次第に国内の写真サイトから海外の写真サイトに自然と軸足が移っていき、そこで撮影、現像、レタッチの技術を調べるようになりました。

無題 / NIKON D800, 20 sec, f/11, 16 mm

____ NiSiのフィルターを使い始めたのはいつ頃からですか?

2016年の前半頃です。風景写真用として愛用しているレンズに、ニコンの14-24mmF2.8があるのですが、この超広角レンズは巨大な丸い前玉が飛び出ていてフィルタースレッドがなく、そのままではフィルターが装着できません。NDとCPLフィルターを使えば湖などの水面を鏡面に写したり、水面の反射を取り除き湖底を写すなど、人間の目では見ることができない情景を撮影できるという技術を知ったところで、タイミングよくこのレンズ専用のNiSi S5キットの発売を知りましたので、即、購入しました。

上の写真は、NiSiのS5ホルダーでNDとCPLを初めて使用した風景写真で、2016年のNationai Geographic Nature Photographer of the year 2016 Editor’s Favoriteに選ばれました。場所は皆さんよくご存知の静岡県富士宮市にある白糸の滝です。写真では人のいない秘境の滝のように見えますが、私の後ろには観光客が大勢いて大賑わいでした。(笑)
この写真はフィルターワークを行っていますが、Nationai Geographicのコンテストに出すつもりだったので、Photoshopによるレタッチは一切行わず、LightRoomによる現像処理だけで完結させています。National Geographicの賞に選ばれたことで、「世界に出せた」という感覚になった1枚です。

何か物足りない時には遠慮なくレタッチする

無題 / NIKON D800, 2 sec, f/10, 24 mm

____ レタッチについては、どう考え、どう行っていますか?

先に申し上げた通り、そういったレタッチ方法の技術的な部分にも興味があるので、作品ごとに課題を設定しレタッチ練習します。

例えばこの写真は、三つ峠山道入り口にある有名な「母の白滝」ですが、NDフィルターで水を流した写真をベースにレタッチしています。この時は、不要なものを消すレタッチ、湿っぽい霧のレタッチ、柔らかい光のレタッチ、の練習のために作成しました。実際には鳥居の横に白い大きな看板があったり、全体的にある霧や上部の柔らかい光はありません。

また、ポートレイト、特に女性のポートレイトでは、角質や産毛をきちんと残したまま肌のコンディションを整えたり、違和感なく陰影を整えたりするための練習をすることが多いです。今回はフィルターワークの趣旨と外れるためそういったポートレイト写真はサンプルにはありませんが(笑)。

____ 写真表現の転機となった作品はありますか?

この写真(ページ冒頭の電車の写真)は、あるミュージシャンの女性とのアーティスト写真の打ち合わせが終わった帰り際、ふと思い付いて撮った写真です。三脚は使わず手振れ補正機能がない機材でしたが、手持ちでギリギリのスローシャッターを切ることで、後ろの電車が流れて車体の色だけが残り、手前で立ち止まっているミュージシャンの女性が、ほのかになびくスカートの動きと相まって絶妙な立体感で浮き出てきました。

500pxではTop10 Street Photos of 2014に選ばれ、閲覧者の間で人気になりましたが、この写真のどこが面白いのか? 自分なりに分析してみると、1枚の写真の中にある異なる時間軸の存在や、動きで背景を描くこと、色の組み合わせと配置、単純に女性の背中が美しい(笑)など、いくつかの要素が思い当たりました。特に『時間の流れを1枚の静止画に表現してゆく』ことは、写真の持つ基本的な特性なのかもしれません。その魅力を知ったことが、写真にハマるきっかけにもなり、「電車ポトレ・シリーズ」として、現在のライフワークにもなっています。

無題 / NIKON D800, 1/3 sec, f/16, 35 mm

時間の流れを1枚の静止画の中に表現してゆく

____ フィルターを使ったポートレイト作品も発表されていましたよね。

写真の中に表現される時間軸に行き着いてから、ポートレイトでも意識してフィルターを使うようになりました。上の写真はND6のフィルターを使っています。

このカットを撮ることを含め、その日一日、彼女のポートレイトを撮っていたのですが、スローシャッター効果で背景の人を流して写すことを狙い、撮影場所は通行人が多い、東京・明治神宮前の横断歩道にしています。同じ場所で何回か撮影した経験をもとに、止まっている人物に立体感の出る光線が差し、背景の抜けがよくなる時間帯と方向を選んでいます。日中に背景の人を流す撮影なので、NDフィルターだけでなく、三脚も使ってシャッタースピードは1/3秒に設定。モデルさんには気合で止まってもらいました。(笑)

無題 / NIKON D800, 1/4 sec, f/18, 35 mm

上の写真もシャッタースピードは1/4秒です。モデルは写真共有サイト「東京カメラ部」で知り合った写真仲間ですが、ポージングは基本的におまかせで、モデルさんのキャラクターなりのポーズになっています。(笑)

下の写真はフィルターを使わなかった場合の例です。というか持ってくるのを忘れた時のものです・・・。場所は有名な渋谷の交差点です。
強烈な太陽光のもとF22まで絞りましたが、シャッタースピードは1/13が限界だったので背景の人物が殆ど流れていません。ここではいつかリベンジしたいです。

また、ポートレイトでのNDフィルターの使い方はこれだけじゃなく、日差しの強い日中に、レンズの絞りを開放で撮りたいとき。例えばISO感度を64に落としてシャッタースピードを1/8000秒にしても露出オーバーになるような条件では、NDフィルターを使っています。

無題 / NIKON D800, 1/13 sec, f/22, 24 mm

_____ 今後の目標や、やってみたいことはありますか?

私は、あくまで写真を趣味として楽しんでいるだけで、プロ写真家として仕事として写真を撮ることは考えていません。これからも自分の撮りたいものを撮って、その写真を気に入ってくれる人がいればよいと思っています。もちろんその中で、これからも撮影やレタッチの新しい技術は、取り入れていきたいと思います。

風景とポートレイトをやってきたスキルを使って、両方の分野が融合したような写真も撮っていきたいと考えています。惹きつけられる風景の中に人物を置き、背景と人物をさらに印象深くする。そして1枚の写真の中に時間軸の変化を感じられるような写真も撮っていきたいなぁと思っています。

ただ最近は、現像やレタッチ技術だけの写真に対する興味が薄れつつあり、特に人物撮影においては、撮影者や被写体人物の内面が滲み出ているような写真。ストーリーや背景が想像できるような写真。心になにかを訴えかけてくるような写真。そういう写真に強く憧れます。

今はまだ私の写真表現の感性や技術 — 現像やレタッチではなく、コミュニケーション含めた人物撮影技術のことですが — 目指す写真には全く追いついておらず、どう撮ればよいのかさえ分かっていません。それはもしかしたら感性や技術ではなく、なにか違うものが必要なのかもしれません。今はとにかく人を撮るのが楽しいです。その中で答えを見つけていきたいと思います。

桶田 雅威 Masai Okeda

1975年千葉県生まれ。東京都在住。
子供の写真を撮るためにカメラを買ってから、写真共有サイト、各種SNSを通じて写真のある生活を楽しみつつ、中孝介をはじめとしたアーティストのCDジャケット撮影等も手掛ける。

現在はライフワークとして走行中の電車を背景に人物を撮影する「電車ポトレ」や、都会の雑踏を背景に人物を撮影する「都市ポトレ」を中心に公開用写真の撮影を続ける一方で、ポートレイトとはなにかに興味を持ち、そこに写っている人物の内面が伝わる写真、または自分がどう見ているかが伝わる写真、が撮りたくて完全自己満足の非公開写真を日々量産している。

 主な受賞歴

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