写真家 向山真登さんに訊く

「光」を印象的に描く写真家、向山真登さん。1年半のアメリカ赴任を経て帰国し、改めて「日本」を撮りはじめました。作品性、テーマ性を追求した渡米前、星景写真を撮りはじめたアメリカ滞在期、そして帰国。作品のテーマ性、アメリカで受けた影響や、ワイルドな星景写真撮影のエピソード、今後の展開などについて語っていただきました。

Gate  熊本県菊池市 / SONY α7RIII, SONY FE 16-35mm F2.8 GM, 1/4 sec, f/ 11, ISO100 / ND8

3年ぶりの菊池渓谷で、原点に立ち返る

—– こちらは日本へ帰ってきて、はじめての撮影旅行での作品ですね。

熊本県の菊池渓谷と夫婦滝に、5日間撮影に行ってきました。菊池渓谷は私にとって特別な思い入れのある場所で、今回で2度目の訪問になります。

2012年頃まで、Colors of Seasons というブログを JINX3 さんという方が運営されていて、そちらにSIGMAさんのカメラで撮影された素敵な写真が数多く掲載されていました。そのアップされていた作品の中で初めて菊池渓谷の写真を拝見し、どうしても行ってみたくなり、初めて訪れたのが3年前のことです。
ブログはもう更新がストップしていますし、 実際にお会いしたこともないんですが、この方の作品からは強く影響を受けています。

1回目の訪問の翌年に震災があり、その後2年間入渓できない期間が続きました。それが今年からまた入渓できるようになったということで、7月末に再訪問してきたという次第です。もともと私のテーマのスタート地点がここにあるので、一度原点に立ち戻って、この3年間の自身の変化を確認しようという思いもありました。

—– ここからはじまったテーマというのはどういうものですか?

水と光を感じることのできる写真というものなんですが。今回の撮影ではそれに加えて鑑賞者の視線を誘導するといった点も意識しています。この写真では光芒にはじまって、川の流れがあって、点景となる岩に行き着く、といった流れを意識して撮影しています。また下の写真では、上から下に向けて蛇行しながら視線が降りてくるように構図を調整してあります。

Flowing light  熊本県菊池市 / SONY α7RIII, SONY FE 16-35mm F2.8 GM, 2.0 sec, f/13, ISO100 / ND16

—– 川の中に入って撮っているんですか?

そうですね。川に入って、日が昇っていくのに合わせ下流へ移動しながら撮影をしています。前日に雨が降ったので、初日は川霧が11時位まで出ていました。通常、太陽が昇りきってしまうと川霧も薄くなりがちですので、比較的珍しいシチュエーションで撮影をすることができました。

—– フィルターはどういう狙いで使用してるのでしょうか?

高速シャッターで川の水を完全に止めて撮ってしまうと、視線を誘導するという観点では、まさに流れが止まってしまうので、視線誘導に必要な水の流れを表現するためというのが理由のひとつです。
それに加えて、光芒も高速シャッターで撮ってしまうとザラザラとした描写になりやすいので、NDフィルターで露光時間を延ばすことで、スムースな描写となるようにしています。

Morning Rays  熊本県阿蘇郡 / SONY α7RIII, SONY FE 16-35mm F2.8 GM, 3.2 sec, f/11, ISO100 / ND16

—– 光の筋がなめらかになるという感じでしょうか。

空気中に浮いている水の粒(川霧)が光を受けて光芒として見えているんですが、露光時間を延ばすことで水の粒が動き、水の流れを撮影した時と同じようにスムースな描写を得ることができます。雲海や霧の撮影でも同じようなことが起きますね。適正露出で撮っていたとしても露光時間が短めですと、ディテールがしっかりと出る反面、ザラザラした描写になってしまうことがあります。

また、今回紹介しているような渓谷内での撮影においては、川霧の濃さや溜まり方が常に一定というわけではなく、高い位置の光芒が見えたり見えなかったりすることがあるのですが、NDで露光時間を伸ばしてあげると、高速シャッターで撮影した場合に比べて光芒が認識しやすくなるといったことが期待できます。

—– フィルターは何を使っていますか?

今回の撮影ではND8と16を、16-35mmのズームレンズにV5Proのホルダーをつけて使用しています。
フィルターを角型にしたのはここ2年位です。最初は他社のハーフNDを手持ちで使っていました。アメリカに渡ってから超広角レンズを使う機会が増えたこともあり、NiSiさんのリバースGNDフィルター入りのキットを手に入れました。風景を撮っていると朝陽を撮ることが多いので、リバースが必要になるシーンも多く、雲の動きなども積極的に写真に取り込みたいということでNDもあわせて使うようになりました。

Explosion  熊本県菊池市 / SONY α7RIII, SONY FE 16-35mm F2.8 GM, 1.3 sec, f/11, ISO100 / ND16

行く前に想像できる以上のものを現場で発見したい

—– 撮影に行くにあたって、作品のイメージは頭の中にできているものなのでしょうか?

ある程度のカットはイメージして現地入りしますが、事前に思いつくものというのは誰でも思いつくんじゃないかなと思っています。想像できる範囲のもう一歩先を撮りたいという思いがあるので、事前にイメージするということ以上に現地で見ることを大切にしています。

—– 今回の撮影旅行の成果はいかがでしたか?

5日間ひたすら撮っていました。状況も良く、カット数も稼げてはいますが、会心の出来というと2~3枚ですね。

—– それでもまだ撮りたりないですか?

光の入り方が毎日違っていて、このロケーションでは良いものが撮れているけれど、向こうではいまひとつ、といったケースが多々ありますので、ここは今後も定期的に撮っていきたいと思っています。直近では秋頃に再訪の予定です。

「光」を意識したアート鑑賞、作品としての写真との出会い

—– そもそも、写真を撮りはじめた動機は何だったのですか?

デジタル一眼レフを買ったきっかけは、学生時代にお世話になった先輩の結構式を撮るためでした。その後しばらくは旅行の際に持っていったり、花を撮る程度で、本格的に写真を撮りはじめたのは、就職して車を手に入れて、色々なところに行けるようになってからでした。

決定的な転機は、ある撮影イベントでHitoshi Ozakiさんに出会ったことです。SIGMA SD1をもって参加されていて、そのカメラで撮影された「作品」が本当に魅力的なものばかりで、自分も Ozakiさんのように「作品」となる写真を撮っていきたいと思った。それが2011年の秋頃だったと思います。

—– Ozakiさんに出会うまで、「作品」としての写真、アートとしての写真の様なものには興味があったのでしょうか?

それまではあまり意識したことがなかったのですが、学生時代は、美術館に毎週のように通って絵画やインスタレーションを見ていたので、見る側としてはかなり長い期間「作品」には接していました。レンブラントやカラヴァッジョの作品のような光を意識させる絵画が好きで、それが現在のテーマへとつながっているのだと思います。

Ozakiさんと出会った翌年には500pxに参加し、世界中の写真を見るようになりました。2013年からはFlickrをはじめて Exploreという1日500枚選ばれるNATIONAL GEOGRAPHICのDaily Dozenみたいなものを狙いはじめました。ここでかなり鍛えられた感はあります。

Gleam  静岡県掛川市 / SIGMA SD1 Merrill, SIGMA APO MACRO 180mm F2.8 EX DG OS HSM, 1/200 sec, f/2.8, ISO200

自分の作品の価値を考えるきっかけとなったグループ展

—– ネット以外で作品を公開される機会はあったのですか?

2014年に、京都の蹴上インクラインの写真でガルーダインドネシア航空の機内誌に採用されました。また初めて展示回をやったのもこの頃で、Ozakiさんを含め、当時一緒に活動していた愛知県周辺の人たちと一緒に開催しました。1人あたり10枚ほどの展示でしたので、それまで撮りためていたフクロウの写真を出展しました。

—– はじめてのグループ展の反響はいかがでしたか?

普段見慣れないフクロウの写真だったということもあり比較的好評で、今でもこの時の写真の印象がとても強いというコメントをよくいただきます。

出展にあたり、一番刺激的だったのは、ギャラリーのオーナーさんとのやりとりで、作品性やテーマ性、それに値段をつけるということの意味など、それまで意識していなかったことを色々と気づかせてもらいました。もともと作品性については気にかけていたところに、「テーマ」というキーワードが来て、更にそれをいくらで売りますかという問いかけがあり、自分の作品に価値をつけるということを意識するきっかけになりました。これ以後、テーマを強く意識するようになったという意味で、作品も大きく変わってきたと思います。

now blossom  長野県上高井郡 / SIGMA dp1 Quattro, 1/640sec, f/8.0, ISO200

「光」をテーマにした2つのシリーズ

—– グループ展のあとは、どのような写真を撮っていたのでしょうか?

2015年から2016年のアメリカに行くまでの間は複数のテーマを設定して撮っていました。ある程度まとまった数になっているものとしては2つあって、1つ目がPhantasmagoriaというもので、本来写真は光で描くものですが、逆にシャドー側で描いてみたというのがこのテーマを構成する1要素となっています。
見せたいものをグレーで描く、鉛筆で描いた絵画のようなイメージです。海外のコンテストを意識して始めた面もあるのですが、最近少しずつ評価が得られるようになってきました。(写真上「Snow blossom」)

Alone in the light  熊本県菊池市 / SIGMA dp3 Quattro, 1/25 sec, f/8.0, ISO200

Let there be light というシリーズもこのころから撮り始めたシリーズです。光を感じられる写真を撮ろうということで、風景や動物を撮影していました。後々、光に水が加わって日本らしさという部分を意識した形に変化してきてはいますが、今でもこのシリーズは1年を通じて撮影しています。(写真上「Alone in the light」)

アメリカへの赴任、星景写真との出会い

—– それからアメリカへ赴任となるわけですね。

最初は日本と全く違う自然や気候に翻弄されて、思ったような写真を撮れずにいましたが、3ヶ月くらいして、撮れる写真を撮るしかないと開き直り、日本よりも抜けの良い空を活かして、星景写真を撮るようになりました。これが3回目の転機だったように思います。このおかげで写真の編集環境がLightroomからPhotoshopに移行したり、 パノラマ撮影や赤道儀で撮影する技術を習得したりしたので、今考えると非常に有意義な選択だったのではないかと思っています。
そんな経緯があり、2017年はひたすら星景写真を撮っていて、かなりの頻度でユタ州やネヴァダ州に行って撮影をしていました。

—– 砂漠のようなところで星を撮っていますが、撮影までのプロセスはどんなものなのでしょうか?

この写真を撮ったときは、金曜夜発でデトロイトからラスベガスまで3~4時間飛行機に乗って、空港からレンタカーで6時間くらい走り、そこから4時間くらい歩いて目的地に到着とか、そんな感じですね(笑)。

—– さすがにスケールが違いますね・・・。撮影地はどういう場所なんですか?

グランドステアケースエスカランテ国定公園という場所なんですが、アメリカでも有数の広さをもつ国定公園です。撮影地は最寄りの町まで50キロぐらいありまして、街明かりも届かず星を撮るには最高のロケーションでした。この写真に限らず遠出して星景写真を撮る際はヤマレコのようなコミュニティサイトで撮影場所のあたりをつけて国立公園、国定公園へ行くことが多かったですね。

Wish upon a star  Escalante Utah / SONY α7RII, SIGMA 14mm F1.8 DG HSM Art, 星 15sec, f/2.8, ISO6400 – 背景 2min, f/2.0, ISO6400 – 前景 15sec, f/2.8, ISO6400

—– 撮影は深夜ですよね、日本だと、そういうスポットは結構人がいたりしますが・・・

ほぼひとりですね。動物は鳴いているし、足元が見えないくらい暗いし。一度、町まで30Kmの砂漠みたいなところで車がスタックして動けなくなってしまい、牽引サービスの会社に連絡しても、朝まで行けないと告げられて、砂漠の真ん中で一晩すごす覚悟をしていたら、偶然フォトグラファーが通りがかって助けてもらったり、ということもありました。

—– 常に危険と隣り合わせですね。

そうですね、逆にそこまでして来ているので、なんとしてでもきっちり仕上げないと、という思いはありました(笑)。どうやってもノイズが避けられない中、なんとかしなくては、と思って必死に試行錯誤してうまく行ったなんてこともあります。

—– アメリカで生活したことで、作品に影響をうけたことありますか?

アメリカに行って思ったのは、レタッチのテイストのトレンドが、日本とアメリカあるいはグローバルでは少々違っているということです。個人的には完全に海外のテイストに合わせてしまうと日本でやりにくくなるので、日本と海外のテイストの中間あたりを狙って行こうと思っています。また、星景写真で様々なテクニックを身につけたことで、撮影の幅はずいぶん広がりましたね。

日本に帰るときには、もう半年くらいここで撮りたいな、という思いもありました。しかしながら、結局のところ風景も星景写真も、そこに住んでいる人が強いんですよ。そう考えたときに、アメリカの写真はアメリカ人が撮ればいいし、自分は日本の写真を日本人らしく撮って、この国の魅力が伝わる作品を出していけば、多少なりとも世界で勝負できるんじゃないかという結論に至りました。アメリカに行ったことで、海外から見た日本らしさがどういうことか、 肌で感じ理解できたようなところはありますし、今後はこの経験を生かして、日本人だからこそ撮ることのできる作品を出していきたいと考えています。

—– こうした経緯を経て、はじめに見せていただいた菊池渓谷の写真へとつながるのですね。

次のテーマは、組写真とビッグコンテストへの挑戦

—– 今後はどのような活動を考えていますか?

ここ2年位はアート寄りのコンテストに注力していましたが、これからは組写真で国内外のビックタイトルを狙っていこうと思っています。併せて、星景写真や現像をテーマに、これから写真を本格的にやっていこうという人たちに向けたセミナーなどにも注力していきたいです。
セミナーをやるモチベーションとしては、自分が年上の人から刺激をもらって育ってきた部分があるので、それを自分も次の世代へ返していきたいという感じですね。教えるだけではなくて、勉強会では自分も学ぶこともが多いですし。

—– なぜ組写真なのですか?

1枚の写真では、作家性の表現という観点では弱いんです。テーマを考えてもらうには組写真の方が向いていますし、海外の大きなコンペも、組写真による応募が標準的です。大きな賞では、予選で10枚、本戦では30枚というケースもあります。30枚というと、1冊の本くらいのボリュームです。
だからこそ、あらためてこのあたりの勉強をする必要があるということで、今は組写真で実績のある先生に師事しています。

—– どんな賞を狙っているのですか?

どれとは言いませんが、国内の組写真で一番大きな賞とかですね(笑)

—– そういう活動を、本業を持ちつつも続けていくわけですね。

サラリーマンをやっている時間以外は、写真に関することをするか、寝ているかという生活で、体力的には結構きついのですが、今こういうことをやっておけば、この先きっと役に立つというような感覚はあるので、しばらくは今のスタイルを続けていくつもりです。

向山真登 Masato Mukoyama

光を演出材料とした、現場の雰囲気が感じられる写真をテーマに創作活動を行なう。2018年春までは北米を拠点に活動、現在は帰国して、日本で活動中。

Works
2017 デジタルカメラマガジン 4,8月号
2014 ガルーダ・インドネシア機内誌

Awards
2018 日本の47枚 入選
2018 TIFA Silver prize
2018 FAPA Nominee
2017 Pashadelic Reflectiondelic 優秀賞
2017 MIFA,IPA Honorable Mention
2017 STEPフォトコンテスト 協賛企業賞
2016 SIGMA フォトコンテスト 入選
2016 日本の47枚 入選
2014 SIGMA フォトコンテスト優秀賞

Exhibitions
2018 Tokyo camera club Exhibition (Hikarie)
2016 Tokyo camera club Exhibition (Hikarie)
2015 5C (Aichi)
2014 5C (Aichi)